病気になった女の子

大学生(闘病中)の日記。好きな本や絵のこと等について、とうたっていましたが、いまはほとんど日々のことについて書いています。映画も好きです(^^)

朝起きるのがこわいけど

朝起きるのがこわい。

お仕事、けっこうきつい。それが本音。

眠れない。

人間関係のことは、考えれば考えるほど消耗するから、もうあまり考えなくていいなと思う。

ただ、目の前にある仕事を消化できますように。

東京で暮らせますように。

電車から見える風景が

学生の頃、すごく好きな人に出会った。

女の先輩で、バイト先のかっこいい人。

この前、その先輩を含む元バイトが同じだった人と、そのつながりの人たち何人かの会があった。

すごく楽しかったから、終電まで飲んでいて、タクシー拾って帰った。

こんなに楽しかったのって、何日ぶりだろう…

最近仕事中も、どんどん死んだ魚の眼になっていて、通勤の車窓から見える東京の街の風景も、灰色だった。

その飲み会のあとは、夜景がキラキラしてた。次の日の朝の光は、優しかった。

単に不安定になってるだけかもしれないけど、電車の中で先輩たちと過ごした時間を思い出したら、つーと涙がでてきた。なーんだ、私って、生きていたんだ。

生まれてきてよかったと思ってしまうくらい、今はシンプルに、みたされている。笑

つらさやイライラをどこにぶつけたらいいかわからない

私は障害があって、定型発達の人たちとの間に摩擦が生じてる。もしかしたら一方的にかもしれないけど、少なくとも私は、摩擦を感じてる。毎日、職場にいるのがこんなにつらいのだから。

定型発達の人たちは、自分と似ていない、およそ理解のできない私の考え方や行動に対して、引っかかり、苛立つのかもしれない。それは、脳の構造が、考え方の方法が、器質的なレベルで違うのだから、当然のことだ。だから、彼らの悪意を責められない。

だとしたらこの苛立ちを、私の悲しみや怒りを、どこにぶつけたらいいのだろう。体の中にそんなものをため込んでため込んで、どんどん声が出なくなってゆく。

世の中甘くない日々

最近、夢見心地でいるたびに、ガツンと頭を打たれるようなことが交互にあって、良い頻度で現実に帰らされています。 そのバランスが絶妙であればきっと人生はおもしろいのだし、夢見心地気分自体も、例えばうまく文章などに昇華できたら、素敵なのではないかな、、 会社の人は、あまりにも私に対して意地悪なので、もう感情が凍りかけています。 プライベートでは、色々なことがありました。

勉強する、体も回復させる

私は、何をがんばったらいいのだろう。
仕事に行くのはあまり好きではないけれど、お給料をもらっている以上、全力でがんばらなければと思う。
それができなければ、そこで働く資格などない。

思いつめて、メンタルに不調をきたしたり、パフォーマンスを低下させたら、それはセルフマネジメントミスだ。
仕事を第一義には考えられなくても、いちばんは自分の命や人生なのだとしても、仕事に手を抜くことはできない。

みんな一生懸命だから。

と私も思ったけど、それが過労死や病気につながるのなら、どうかと思う。

人は常に賢くはいられない

賢いと思っていた人が、弱い部分をもっていたり、愚かだと思っていた人が、礼儀正しく振る舞っているのをみると、人には色々な部分があるのだなと思う。
人を無闇に傷つける人がいちばんきらいで、相容れない。それは、愚かさと共にあることが多い。

そういうことを最近、身近な人たちと話していて感じた。

私は今、家族のことを受け入れられなくて、随分失礼な態度をとっている。けれども、家族を受け入れられない自分を愚かだと思うことができない。従順でいること、盲目的に家族を信頼することのほうが余程愚かだと思う。
悪意があるのではないところが、どうしようもなくて、残酷だ。

そういうわけで、人を傷つけてしまう人(ただし、悪意のある者は別)を無闇に批判することも難しい。何か理由があるのかもしれないから。

思春期のうちに取り組まなければならなかった、半ば手遅れの心の問題もあるような気がする。けれどもそれも、案外現在の人との関わりの中でも変化することもあり、時には本や音楽の中に糸口を探すこともできる。

誰かとむやみに、仲良くなろうとしなくてもよい。クソ野郎だと思っていた方が、案外好きになったりする。

何をさっきからだらだら書いているかと言うと、週末明けて、明日から出勤するのがこわくていやで、こうして何か書くことで心を落ち着かせている。

ヘタレでごめんなさい。朝早く起きれますように。

気づいたこと

今私はくるしいけど、くるしいっていう自分の感覚を認めてあげると少し楽になる。背伸びしなく、無理しなく、非力さを認めること。素直になること。

もちろんいつもそうやって暗くなってたら息も詰まるけど、でも、無理して何とかなるだなんて思わなくていい。
勘の良い人には、私が病気だったことを見透かされているだろう。
私の脳は未だに回復できていないし、自分で思ってる「もう大丈夫」、は希望的観測に過ぎない。
困っている。だから自分のことを強いと思っては空回りする。

そういう丁寧な基準で見れば、職場の他の人たちも苦しいし疲れてることになる。だから痛みを分かち合って、私もがんばる。

まだまだ完治には遠く及ばない。人と対等に渡り合うことを当たり前と思ってはいけない。

うまくいかないのが当たり前。っていう考え方は暗すぎるかな?